中山正敏先生との思い出
学生時代
「飲水思源」(水を飲む際に、その源を思え)
(こんにちの自分があるのは誰のおかげかを思え)という言葉があります。
今、松濤流空手を学ぶ人は、中山正敏先生なくしては語れません。
中山先生は、夫浅井が大学生の時から良く空手の稽古をつけて下さいました。
稽古をつけて下さっている中山先生(中央)、右 浅井哲彦、 |
故浅井哲彦が、船越義珍先生より昇段審査を受けている |
ハワイで
世界中の松濤流空手を練習している人は、故中山先生なくしては語れません。
浅井と私が結婚した時、二人ともまだ20代でした。中山先生は夫をとても可愛がってくださいました。
そして私にも大変優しくしてくださり、若い頃中国に居たので、中国語を話したい先生は、よく私ときれいな北京語で話し会い、中国の有名な歌も一緒に唄ったりしました。
それに中国料理が大好きで、東京の私達が住むアパートで、空手指導員達との飲み会があると、私の中華手料理を楽しみにご参加くださいました。
以下の写真は、夫が、ハワイへ空手の指導に来ていた時、ハワイで開催された、空手大会の為に中山先生がいらっしゃいました。その歓迎パーティー、其の他の写真です。
何時もの飲み会は、多人数の手料理や其の他諸々、私一人での仕事でしたが、此の時は、どなたかの奥さんが一人、手助けしてくれたので、とても助かりました。
此の時、私の中華手料理は中山先生だけに作りましたのでとても楽でした。
ハワイの観光御案内 |
ハワイの観光御案内 |
中山正敏先生と、浅井哲彦 |
ハワイ道場の幹部会員達とホノルル飛行場へお見送り |
中国武術書の収集
中山先生は、若い時中国にいらしたことがあって
中国の武術に興味を持っておられた様です、
お亡くなりになる前私に、中國武術の本を集める様に
依頼されましたので、私は、台湾、中国、香港などからこれと思われる武術の本を収集して、
中山先生にほとんど毎月の様に郵送や手渡しをして来ました、
今思うと、その事が、とても懐かしいです。